
朝のオフィスに、キーボードの音とコーヒーの香りが混じる。
時計の針は八時五十九分。今日もギリギリに席についた。
「おはようございます!」
いつものように声を張る。少し大げさなくらいに。
後輩の佐伯が眠そうに顔を上げる。
「先輩、朝から元気っすね。昨日、遅くまで残ってたのに。」
「まあ、元気だけが取り柄だからな。」
口角を上げて返しながら、胸の奥に小さな棘が刺さる。
“本当は元気じゃない”
そんな言葉を、喉の奥で何度も飲み込んできた。
上司の山崎課長は、いつも忙しそうにスマホを見つめている。
同期の中村は、最近大きな案件を任され、自信に満ちていた。
みんながそれぞれの場所で、何かを掴もうとしている。
自分だけが、空回りしている気がした。
昼休み、佐伯がぼそっと言った。
「俺、最近ちょっと自信なくて……。どうしたら先輩みたいに明るくなれますかね。」
私は笑って答えた。
「無理に明るくならなくていいよ。ただ、前を向いてるふりだけはしとけ。
そうすると、不思議とついてくるから。」
その言葉を言いながら、自分に言い聞かせていることに気づいた。
“前を向くふり”をして、いつしか本当に前に進める日が来ると信じたいだけだ。
夕方、課長がふと声をかけてきた。
「お前さ、最近みんなの雰囲気がいいのはお前のおかげだと思うよ。」
その瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。
誰かの笑顔のために笑うことが、報われた気がした。
帰り道、街の明かりが雨に滲む。
ふと考える。
仕事って、結局なんだろう。
給料をもらうことでも、評価されることでもなく。
誰かの一日を少しだけ良くすること――
もしかしたら、それが「働く」ってことなのかもしれない。
私はコンビニのガラスに映る自分を見て、小さく笑った。
「よし、明日もムードメーカーでいこう。」
そして、また新しい一日が始まる。